神は実在する

「神は実在する」前田孝師の本のタイトルです。師の想いを発信していきます。

大谷司完師説話集 62

・神様は見込みをつけた者程、逆手をお使いになり、ジット御覧になっているのである。

・吾々の一番ほしいものは、、魂の栄光でえあるとさとらなければならぬ。

・落ちて人の下積みになって誠を立てている人は国の宝である。

・瑞の御霊の神は、体は男で心は女神様、やさしい神様である。

・日本の国には、一家の中でも筋道がある。

・時代の力は神様もさけられないと言われるが、私たちは出来るだけ悪にそまらない様にしなければならぬ。

・邪霊とは自分であったと気付けば、心直しも早いのである。

・地上にちょっとでも良い事を増やしたいと思わねばならぬ。又自分の心を傷つけない様にしなければならぬ。

・人間は法規は恨まないが、法規に照らして裁いた人間を恨むのである。これをげすの逆恨みと言う。

・信仰は道行きをあやまると効果があがらない。

・指導者が道をあやまると全部が間違う。

・少々の心配事があっても、道に通じて居れば安心である。

・日本古来(縄文時代)の神は誠一本の神であった。中途からたくさんの神が渡って来て、日本の中心を目指して位置を定め、昔の神を亡ぼし、神の道のまねをし、世にはばっていたのであった。外国の神は学問があるから、色々便利なものを持って来て、日本の上部に取り入り、国の政治を自分達の意のままに動かし、自分達の勢力増進の為の神業を進めた為、強い者勝ちの世の中に段々なって来た。そして武力によって自分達の意に添わん神々を亡ぼしてしまったのである。だから今、掘り出されている武器等は殆ど唐国から、渡ってきたものである。昔は支那や朝鮮その他の国々の事を、ひっくるめて唐国と言っていた。そしてその国の人々を唐人と言っていた。大体、弥生時代に日本の国に渡って来られん神々が、自分の国で戦争に負けると、部下をつれて(千人ぐらいといわれている)渡って来て、武力や権力を以ってはばるので誠の神は亡ぼされてしまうのであるが、肉体的に亡ぼされても、霊界ではやはり、日本の行末を御心配なさって居られるのである。時代は何千年を経て、今、日本国は精神的に亡ばんとしている時代となって来たが、二百年程前から遠い縄文時代の神様が因縁の者の腹の中に宿って来られているが、これが教団の教祖である。