◯今なる月日のおもう事なるわ
(今、やっと承認した事が成りました)
◯くちはにんけん心月や
(言葉を出すのは人間だ、中身の心は神やで)
◯しかときけくちは月日かみなかりて
(よく聞いた、口は神が皆借りて)
◯心は月日みなかしている
(心見える霊は、神が皆、人間に貸している)
上記のことは、その後、みきの口より語られる「元の神」の始まりとなっている。
これを「神懸かり」の状態と言うのです。人間の肉体は、霊魂の入れ物であると言うのはこれを指して言うのです。
元の神とは、霊の元(ひのもと)の神を指す。
みきさんが生活していた日本は、住民は大切ず巫女や霊媒、いたこ、ゆた、等に色々な事をして善処していたのであった。
その役割者は、御霊や鈴等を手に持って、あるいは踊りながら口を開いて話したり、あるいは、静座瞑想しながら言葉を発していた。
この霊媒役は「隠身」と紙が身に宿す神籬(ひもろぎ)の役で、霊媒に懸けて来た「隠身」に名前を名乗らす役や聞き方の役をする人物を神判(にわ)役と言う役もあって懸かって来た霊に色々と質問したり、正したりする役もあったし、霊媒役が神懸りを起こして語ることを記録する役も作られていた。
神懸りの方法で、天理教の中山みき、金光教の金光大神、黒住教の黒住宗忠も皆、この神懸り式で神の道が開かれているのである。
『凡庸の道』第四巻下
(四)神懸り
神の経綸が進歩するそのうち、世の中の変化も一段階と成りつつあるが、各地に於ける氏の神様(一家の先祖先神)或は、産土の神であるとか、其の他権現様等の神がかり次第でとりあえず、何も知らずに暮らして暫く真面目の人とか、また神様事にすこしでも、因縁のある人たちを重視して不思議な御託宣(ごせん)を下されるので、それが広まり誰が言うとなくこの世の中が立ち替えられる時期が近づいて来た事が出来る様になるのである。
《終り》