・世間にとらわわれず神の道一本でなければならぬ。
・人の踏み台にされてもかまわん。一人でも天国へ行く御魂にならねければならぬ。
・這う様な気持ちで、今迄何千年間の神様に対する御無礼をお詫びして、永久に栄るめぼしをつけなければならぬ。
・人間のしぶとさは、神様もあきれられて居られるぐらい、心が落ちぶれてしまっている。
・今度は誠の神様でなければお救い下されない。
・死ぬとは現世から霊界に転籍するだけであるから、死んだ人も五、六年はわからんのである。
・救われ方でも一人一人程度が違うのである。これは心の働きの程度によるものである。
・地獄に落ちなかったら救われんのである。地獄に落ちると癖が直るのである。
・自分の心や体は、自分の自由にはならんのである。これが人間には中々わからんのである。
・人間の精霊の程度の低いのは、文句ばかり言っているのであるから、これを救ってもらわなくてはならん。
・自分の本霊に神習わなくてはならぬ。
・心がむさくるしいくては、本霊様は来て下されんのである。これは散々苦労の末、せっぱつまった時、お出で下さって救って下さるのである。
・この世に出て御座る神様も御神業のわからん神様もあるのである。こう言う神様は追放されるのである。
・古代の神様の中に、社挌はあまり高くなくても、非常に御神業を良く知って居られる神も御座るのである。
・人間はどんなに良い立場に生まれても、修養しなければ駄目である。
・魂を出来るだけ立派にすること、肉体はなんどき無常の風が吹くか解らん。
・死んでから悟るより、生きている内に悟る方がよいのである。
・病気等でも自分から早く病気の縁を切らなくてはならぬ。
・病気の取れないのは、財産に執着を持っているからである。これがわかって来なくては、心に花が咲かない。心が天界になるには、この欲望がとれた時である。
・人間の生活は物なくしては出来ないのであるから、人間が執着から解脱した時、神が必要なものをお与え下さる。この物から断ち切る心が出来て来ないと、心が楽にならないのである。貯金してもお金がないと思うのである。始めから無いと思っていると、今度その金を神様の為に使っていただく時に、出しやすいのである。この心構えを辛棒して押し通すと、物の執着心を取ることが出来るのであり、この事を腹から悟ると、物があろうがなかろうが、身内と別れようが平気で暮らせるのである。