・上に立つ者が正しくないと、下がついて来ぬのであって、神の道が濁って来るのである。
・現世では常識を以って判断すること。そして神様によく祈りながら、ものごとをすること。
・神様はよく常に御覧になって坐すから、ごまかし事は駄目である。
・経費がなくて物事が出来ないのは、神威神徳がないからで、こういう処が段々さびれてしまうのである。
・教団も神の名に於いて、はばり過ぎた者は、今は信仰者から愛想をつかされて居る処もある。これは道行きを間違えたからである。
・人間は一遍威張癖がつくと、中々頭をさげず、改心のしぞこないをするのである。
・神意に叶わぬ者の終極点は必ず出て来るから見て居たらよい。
・『凡庸の道』は神意であるから、これを守らなかったら駄目である。
・『凡庸の道』は、善悪立て別けのバロメーターである。
・国土の大神様の御神意を聞く者は一人でよいのである。これが二人も三人も居たら物事が混乱するのである。これから先、霊能者などは一辺に裁かれてしまう。
・『凡庸の道』を実行していると、天意に合った人になる。
・人間に本当の良いものを与える事業でなかったら、これから先やって行けぬ。
・第一回目の因縁を逃すと、五、六年は遅れるのである。
・人間は神様が産み、神様が育てて居られるのであるから、神様に帰依してお願い申す以外、救われ様がないのである。神に従う者のみ救われるのである。
・こびへつらったり、立て過ぎたりしていると良くならぬ。神の目からみたら皆赤ちゃんである。
・身を捨てて相手を助けて置くと、又相手も身を捨てて助けてくれるのである。
・これから神社や仏閣は残るのであるが、神主さんや坊さんが、生活出来なくなり、居られなくなる。
・何を言っても聞いてあげ、三年か四年位の間に本当の事を悟らす様に教えて上げるのである。そして最後15年位の間に、独立して、人のお世話が出来る様に向上させ、働きが出来る様にして上げるのである。
・人を脅したらいかんのである。知っていても、黙って段々仕立てて上げるのである。