神は実在する

「神は実在する」前田孝師の本のタイトルです。師の想いを発信していきます。

大谷司完師説話集 17

・法滅尽経に神世になれば、僧侶の方々も、色衣を白の法衣に着替えられて、御燈明のお守りをして下さる事が書いてある。

・信仰が向上したと言うのは。信念が強くなった事である。

・怪我の多い人は霊衣が薄いのである。

尊い教えを無理に進めても、相手にうけいれられるだけの心がないと駄目である。

・赤ちゃんは、心に邪気がないから、神様が霊衣を付けて下さっている。縁などから落ちても大した怪我をしない。

・現世で外面的に身に付けたものは、片手落ちであるから博士でも苦労するし、医者でも病気になるのである。だから尊い神様の教えをとりいれなければ駄目である。

・立派な事を言っている人の中に、行いの出来ていない人があるが、この様な人は早く改心しなければ、後で恥をかくのである。

・如何なる事態になっても、しっかりした信念の持ち主となり、行いを正しくし、足元を固めて置かなければならぬ。

・救いは簡単なものでないから、余程一生懸命努力して信念をつよねばならぬ。

・立派な教えをする処には、強い邪霊の妨害があるから、油断は禁物である。

・霊界、特に地獄界では、会社等の荒廃ぶりはそこに住んでいる霊人の心に相応して現れ、又着衣等もボロボロで、建物もトタン板の錆びた様にボロボロになっている。

・霊界では、そこに働いている霊人の心に相応して、電燈でも、ボイラーでも、その人がやる気を出している時だけ、ついたり廻ったりしているが、嫌気が出るとすぐに消えたり止まったりしてしまう。

・地獄界の荒廃の中から、救おうと思って祝詞を奏上すると、霊人は雷が落ちた様に感じるので、皆クミの子を散らかした様に四散してしまうので、救うことも出来ぬ有様である。

・神様にお救いを願うには、並みの修行では駄目で、常に精進潔斎して、神様に祈る事が大切である。物を粗末にしたり、喰いたいだけ喰って、寝たいだけ寝て、体欲にふけている様なことでは、とても救われることなど望むが薄いものと思わねばならぬ。