・これから色々な立替え等やる人は神様を知らない人の方が勇気があるから、大きな事をやれるのである。
・信仰者は、勇気に欠けているから従って、何をやるのも先ず、魂を磨く事に重点を置き、心直しを第一と心掛け、社会の為に働かなければならぬ。
・信仰したら、人の後ろからついて歩く様なマネはせず、進展主義をとり、もっと勇気を出して、良いと思うことは、どしどしやらなければいけない。各自の持っている理想が神意にそっておればよい。
・人間知恵でやっている宗教などには、正しい神様からのお智惠を頂き、だまされてはならぬ。
・一種独特のものを作ったり、こだわっていると教団と間違えられる。又ことしろ舎に信仰者を釘付けにする様なやり方は駄目でその様にならぬよう計らっている。
・ことしろ舎は信仰者を精神的に独立する様教えて、いつ迄も信者扱いのかっこうをさせない様にしなければならない。
・事代主之命様と一心に念じ、又御教えを遵法せねばならぬ。
・今、現世にある教えとか、その他殆ど迷いと言ってもよいぐらいであるから、この道一本で進まなければならぬ。
・命にかかわる様な時のお祈りは最も深い、次に自分の名誉にかんする様な場合、大概はお座なりの祈りであるから駄目である。
・その人の身魂相応に悟ればよいのである。
・人のまねごとをしていても、自分の悟りにはならぬ。
・滞在意識を顕在意識に替えることが大切である。それには神が自分の心の中にあると思うことである。
・信仰も本気で十年体得すると、不安がなくなり、又悪い事が起きて来ないようになる。
・筋道が通らなぬ様な事をしているから、骨なしの子が生まれるのである。
・神にそむく様な霊魂は、二度と此の世に生まれられない様に封じられてしまうのである。
・宗教家は超然として、正しい教えを述べ伝えて居ればよいのである。
・楽して神の道を開こうと思えば、道が間違って来る。
・信仰は利用すべきではない。
・高級な神様は相応の理によって、ものを教えるが、低級な霊程、人に相応して分かり易い様にものを言うのである。