ある日、分院に道場破りの様な形で霊能者が訪ねて来ました。
正しい信仰とは、神意なるものを悟る為に常に努力しつつ、霊界に於ける知識を養い、与えられた定職を天の定められたものとして、まことを持って生き抜くことをいいます。
この霊的を取り違えて不思議な力のみを求める様にしていると、いつとはなしに神秘な事のみに、興味を持つ結果は野望を持つ霊物と通じてしまって、いつしか霊界にある「巨頭界」に住む霊等の支配下に入れられてしまうのです。
正しい信仰をしている人は、相手倍力と言って五の力でくれば十、十の力でくれば二十と無限の力を流して下されるものなのです。
「神人合一」とは、神懸り状態となって非常識な言葉を発したり、行動をとることはありません。
霊能者のおばさんは、次々と奉仕者達をやり込めて、司完師の処まできました。
司完師はその霊能者の為に神に祈られのです。
せっかく信仰を求めながら、その目的とする処を取り違えられて、妙な霊物に支配され、それを道と悟ったと誤解している「この哀れな人を救い清め給え」と祈られて、霊能者の顔を静かに見られると「ギャー」と悲鳴を上げて、旅館まで素足で逃げ帰り、押入れの中に入って頭を抱えて隠れていたそうです。
邪悪なるものには、神の光を大変恐れるので、霊物は肉体をつれ逃げ出すのです。
正しい信仰(主一無敵の信仰)をしている人の眼からは、信念の光が出て邪霊の胸を射抜くので、死ぬかとばかりの思いを与えられると、語られていたのでした。