神は実在する

「神は実在する」前田孝師の本のタイトルです。師の想いを発信していきます。

大谷司完師説話集 79

・文句を言う人はあるが、祈り上手な人はそうざらにいない。

・神様は始め御先祖に命令を下しおかげを下さる。

・先祖は物のおかげを下さり、神様は智慧と愛情を下さるのである。

・中には外の系統の神様からのお計らいをうける事がある。間接か直接か必ず神のお助けである。

・子供時代とか少年時代はあまり信仰とやかましく言わない様にして、親としては自由にさせてその子供の癖を見つける事とか、どう云うものを好きで求めるとかを、よく見定めその子の一番好きな求める事をやらせる方が、物事を上手にやるようになる。

・親が下らない事を言ったり、やったりしない様に正しい事をして居れば、必ず子供は習うのである。親の良し悪しは子供に影響力が大きい。だから夫婦そろってよい事に励む事が大切である。

・放任教育ではないが、親が手本となっているのであるから責任は親にあるのである。親は立派な神の教えを正しく理解して居らねばならぬ。

・教育を一応修了してから、信仰をすると、ものの理解が早い。

・本気で信仰を求める様になるのは四十歳位からである。若い間は信仰のマネをしているだけで本物ではない。

・世帯を持ち子供も出来て、一苦労しないと悪い癖(めぐり)を自分で治す様な事はやらない。

・家庭に苦しみが出来、不幸せになると心から神におすがりするのである。その他の事は道楽信仰や、ゆさん信仰になってしまうのである。

・幸せな家庭では人間の我儘をつのらすばかりで真の信仰は出来ない。不遇の家庭の人は真剣である。

・私は青少年の教育を学校教育に取り入れる様な事を考えて、どう言う風に造ったらよいかと思っているが、宗教を学校でするのは難しい。宗教と言うものは教育ですべきものではなく、神様は少年や青年に信仰をあまり、せよと言われないのは、以上のべた理由によってである。

・人間が成長して色々の苦労をして、苦しみの中から、正しく生きる生き方を求める様になってくるのである。

・人は求めていない信仰を強要されると、した様に見せるだけで、心からしていない。人生の苦難をなめて、始めて神を求める様になるのである。だから、どうにもならなくなってはじめて信仰をするものである。